ハテナ?の王女さま

                    ハーディ ガーディの日々雑記             

完全な世界 その2


さて、間にちょいとお知らせが入ってしまいましたが
一昨日のつづきです。

自転車でグルグル周る青年を見てたらそこに
とつぜん「完全に調和した世界」が出現した
というところまで書きました。

その後、不思議な感覚にボーッとしながらも
しばらく歩いてホームセンターに着きました。

暖房費節約のための防寒シートを買い終わって
となりのストアで夕食の買い物をしていると
3才くらいのかわいらしい女の子が
通路の真ん中で踊りながら一生懸命、自作の歌を熱唱していました。

お母さんは子供を乗せられるショッピングカートを押していて
そこには、彼女のお兄ちゃんとおぼしき
4才くらいの少年が、おとなしく座っていました。

でも彼女にとって、カートのイスはちょっと窮屈だったのでしょう。
通路の真ん中で手足を振り回しながら、一生懸命歌っています。

私はなぜかその姿がとてもいとおしくて
ついついその子の姿を目で追っていました。
気づくと、自分の顔がにやけているのを感じながら・・・

そのうちその光景が、さっき見た
自転車でグルグル周る青年の光景とリンクし始めました。

そしてハッと気づいたのです。
そう、あの青年を見たときに感じた感覚の意味を。

それはたしかに無垢で無邪気なものは微笑ましい
ということでもあるのですが
さらにそのことには、もっと深い意味があるように感じました。

それは・・・
意味があってもなくても
無垢であってもなくても
それ自体が完全であり
すべては愛の現象なんだ、ということ。

というより宇宙には
意味があることとないこと
あるいは無垢であることとないこと
そのこと自体に、価値としての差はないのです。

すべては自由で、すべてが愛なのだ
・・・とそんなことが急にわかった!
という感覚におそわれました。

観念的なことのようですが
その時の私には、それがまさにそのものの感覚として
直接理解させられたように感じました。


私たちはいつも、目標をもってゴールに向かう生活
合理的で効率のよい人生を送ろうとしています。

学校でだって、会社でだって、どんなコミュニティーでだって・・・
それが良いこととされているし
またそれが私たちの、達成感や喜びを作り出してもいます。

それはそれで良いことなのです。

でも大人になると、長い間に身についたこの習慣が
完全に消えるということは、なかなかありません。

目的なしに純粋に楽しもうとしても
他の生活に支障が出ない、ということを優先していたり
(支障が出てはいけない、という前提があるわけです)
「楽しむこと」それ自体が目的になっていたり

そんな私に、彼らはまったく違う世界を・・・
つまり、それだけで完全な世界を見せてくれたのでした。

そして、その時に左手のひらに
強い感覚があったことについてですが
これはまた次回にしますね。





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プロフィール

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